ラジオ番組「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」 

北前船プロジェクト活動内容のご報告

報告日付報告内容
2022-02-14

小豆島土庄町「肥土山農村歌舞伎」

2019年5月3日放送 「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:小豆島土庄町 南堀英二氏

ゲストは、小豆島土庄町の南堀英二さん。南堀さんは、土庄町生涯学習課の課長時代から文化財に関わっていた。先週放送の白石島(笠岡諸島)、去年放送の塩飽諸島(本島)、今回の小豆島(2町)、この4市町が「石の島」で設立した日本遺産推進協議会でも活躍。今回は、土庄町の「肥土山農村歌舞伎」を紹介しています。小豆島大観音も見える離宮八幡宮で開催されるこの歌舞伎は、神様に見せる名目で333年続いています。

 「肥土山農村歌舞伎」は人口減少高齢化の中でも、他の地域の人に頼る事を非とし毎年5月3日に開催。 肥土山地区の全住民が参画し6地区1年輪番制から、地区間の競争意識から、他の地域に頼る事を恥じとの文化があるようで、これに子ども歌舞伎もあった事が伝承の継続につながっています。 この舞台裏や小道具、舞台の演技まで観て、保存・伝承が一帯となっいるのがわかりました。
 茅葺き寄せ棟造りの舞台、歌舞伎2つが国指定民俗文化財は全国唯一に繋ります。 この場は、地元の人達の憩いの場、そして大学で歌舞伎を研究している方々の情報交換の場。 高松の方の話は、徳島(阿波)に「藍」の出稼ぎの帰り、大坂の歌舞伎が伝わったといい、藍から北前船の活躍を紹介しました。

 備讃瀬戸付近の伝統文化は、坂越も含めいずれも北前船が活動していた時代。 しかしどの地域も日本海文化の影響はないようです。 小豆島の場合、お伊勢参りの帰り、奈良で三輪そうめん、大坂で歌舞伎で使う古着を仕入ています。 今回の放送で、奈良春日大社に文政時代(1820年代)の小豆島の人が寄進した常夜灯があった謎がわかりました。 南堀さんは、土庄港の「二十四の瞳」の像の近くの石碑、地元の方を紹介した文筆活動、そして文化財の分野で地域に貢献しています。

 生放送が終わり、南堀さんと話をしていたのが演出家の豊永純子さん。 豊永さんのブログには、今回の歌舞伎の模様が写真入りで掲載されています。 また歴史上初めてこの舞台で現代劇の10月公演は、豊永さん演出とか。 詳しくは豊永さんのFBからご覧ください。この収録放送は、明日木曜日fm七尾を皮切りに北前船寄港地13ヶ所(日本地図で案内)のFMラジオ局であります。  この放送は、アイフォンからは、Tune in Radioから、アンドロイドでは「日本ラジオ」をインストールすれば全国どこからでも聴く事ができます。

文:矢竹考司

2022-02-13

国の無形民俗文化財 「白石踊」

2019年4月26日放送「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:笠岡市 白石公民館 館長 白石踊会 理事 天野正氏

ゲストの天野正さんは、白石公民館の館長、そして白石踊会の理事で、ケンペルの言葉から白石島の美しさを紹介しています。ケンペルの『江戸参府紀行』に「白石港は比類無きほどの船の停泊地で、他に12隻の停泊船があり、われわれと同じように船の横揺れを防ぐために、帆柱を倒していた(1691年)」とあります。この後、ケンペルは坂越港、室津港に寄港し江戸に参府。室津海駅館には、柏山泰訓さんが入手した貴重なケンペルの本が展示されています。

 文献から、白石島は北前船の寄港地でもあったようで、兵庫口説きや大坂の影響がその例。 白石踊は、昭和51年、国の無形民俗文化財に指定され、白石島の伝統行事として毎年8月のお盆の期間公民館前広場で演じられ、観光用に7月から毎土曜日に白石島海水浴場の砂浜で披露され外国の方が増えたと。
 男踊り、笠踊り、奴踊り、鉄砲踊り、真影踊り、女踊り、大師踊り、阿亀踊り、娘踊り、扇踊り等、13種が残り、異なる振付けを一つの音頭に合わせて同時に踊るという、他にあまり類例のない特徴を紹介。
 源平合戦での戦死者を慰霊したのがその起源といわれれ、幼稚園の頃から練習し中学卒業の頃には踊れるといい学校の協力もあり、伝統文化の継承に力を入れてきています。

 平成13年の人口900人余りから現在は、480人と少子高齢化人口減少の中でも伝統の継承に力を入れています。 それは、今年6月1日から10日まで「第1回宮古島国際文化交流フェスティバル2019」の伝統芸能の祭典で、白石踊を8日に披露するとのコメントでもわかります。 大阪万博では100人で披露し、NHKでも伝統芸能として紹介されています。 この白石踊の影響を受けたのが坂越の盆踊りだと、前々回のゲスト坂越の篠原明さんが話していました。平成14年、天野さんから頂いた資料と比較し説明してくれました。 その天野さんからのビデオで白石島を紹介します。 篠原さんの解説で、坂越の盆踊りは、北前船の影響を受け進化していたのがわかりました。

この収録放送は、明日木曜日fm七尾を皮切りに北前船寄港地13ヶ所(トップの日本地図で案内)のFMラジオ局であります。 この放送は、アイフォンからは、Tune in Radioから〜  アンドロイドでは「日本ラジオ」をインストールすれば全国どこからでも聴く事ができます

文:矢竹考司

2022-02-13

京丹後 北前船の寄港地、日本海航路の港として、需要物資の中継地だった「間人港」

2019年4月19日放送 「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:京丹後市教育委員会文化財保護課 新谷勝行課長

今回は、京丹後市教育委員会文化財保護課の新谷勝行課長へのインタビューから間人(たいざ)の北前船を紹介します。渤海使については、929年に丹後国に来た記録がある他、この地域は大陸に近く多くの物が漂着している。丹後の砂浜を歩くと時々大陸の古銭を拾うという話に繋ります。

 間人ガニが特産品の間人港は、今は漁港ですが江戸時代は風待ち港でもあり、文政時代(1820年代)の加賀屋清三郎の客船帳から間人の北前船を紹介しています。 この地域は、室町時代から但馬屋、加賀屋、因幡屋の廻船問屋(『丹後国田数帳』)がありました。(京丹後市教育委員会発行『京丹後の歴史』の副読本)
 この加賀屋の客船帳は、取引した船の記録に酒田や薩摩がある等沢山の地域の船名の記載が明治まであるという話があります。 『京丹後の歴史』歴史副読本には、弘化2 年(1845)、間人村に は18 艘の船、300 石積 6人乗りのものが最も大きく、その他中浜村に8艘、竹野村に3艘の船の記述があり、間人港は、北前船の寄港地としても活気を呈し、日本海航路の港として、付近の村々や丹後奥三郡の需要物資の中継地だった事も説明されています。

 加賀屋の客船帳は、厚さが20センチもあり個人所有です。 また、15日に案内した300年の歴史がある丹後チリメンと北前船の関係については文献はなく、殆どが京都に運ばれたと紹介。 京都から古着も含め、江差等に運ばれていた可能性があると考えています。

 このFMラジオ番組「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の収録放送が、明日木曜「fmななお」を皮切りに北前船寄港地13ヶ所(日本地図の写真で紹介)であります。 このfm放送は、アイフォンからは、写真のTune in Radioをインストール。  アンドロイドのスマホからは「日本ラジオ」(写真)をインストールすれば全国どこからでも聴く事ができます。

文:矢竹考司

2022-02-13

下津井 過疎化に立ち向かう寄港地

2019年4月12日放送 「チェンバロリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:倉敷市 下津井シービレッジプロジェクト センター長 矢吹勝利氏

下津井シービレッジプロジェクトのセンター長の矢吹勝利さんのインタビューを再構成しています。下津井城は、文禄期(1590年代)に築城され、岡山藩主の池田氏が大改修(1609)と同時に城下町として町を整備、また「吉備の穴海」の埋め立てを加速し陸続きに。(1618) しかし幕府の「一国一城令」で下津井城は廃城(1639)され、城下町から港町として発展。廃城の跡に創建された花園神社からで、対岸の塩飽の大工が創建に関わります

 この後、広大な干拓地の綿の肥料に、北前船が運ぶニシン粕で賑わう迄を前段で案内しています。 このニシン粕と綿そして北前船の繋がりから、倉敷市と石狩市の子供達の交流学習を北海道新聞が報道しています。これをブロデュースしたのが石狩市の石黒龍一さん。この繁栄も日露戦争(〜1905)の後、北前船は全国的に衰退、下津井港も大型船は激減、綿も外国からの流入とで打撃を受けます。
 こうした中、1916年に学生服を開発、戦後は倉敷のジーンズがブランドで「繊維の町」として全国に知られます。 平成に入り瀬戸大橋開通から、岡山県が児島地方の観光の拠点にと、廻船問屋を営んでいた中西家の縫製工場跡に「むかし下津井廻船問屋」を開きます。  この館長として活躍していた矢吹さんに、地元の方々から過疎化、空き家に対する対策への相談が多く寄せられたといいます。

 下津井もまた多くの北前船の寄港地と同じ苦悩(交通の不便から人口減少、高齢化、過疎化から空き家が増える)があったのです。 この対策に、地元の方々の後押しもあって出来たのが矢吹さんのプロジェクトで、むかし下津井廻船問屋の横にオープン。

 最近は、若い人が移住するケースがあり、対岸の直島から下津井に外人が来ることが多くなったと語っています。 下津井は、漁港でタコの干物が吊るされる光景はよく紹介されますが、5月5日に下津井フェスティバルが開催され、今年も坂越から数名で行く予定にしています。

 このFMラジオ番組「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」は◯ FM白石(83.0MHz)の放送局で◯ 毎週金曜 14-15時◯ 再放送 日曜 20-21時 翌木曜「fmななお」を皮切りに北前船寄港地13ヶ所(日本地図の写真で紹介)で収録放送されます。 このfm放送は、アイフォンからは、写真のTune in Radioをインストール。 アンドロイドのスマホからは「日本ラジオ」(写真)をインストールすれば全国どこからでも聴く事ができます。

文:矢竹考司

2022-02-13

坂越 廻船の足跡多き港町

2019年4月4日放送 「チェンバロリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:赤穂市「坂越の盆踊り保存会」会長 篠原明氏

ゲスト篠原明さんは、地元坂越の歴史や伝統文化に貢献され一番長い活動が「坂越の盆踊り保存会」。会長の篠原さんが12年前、赤穂市に文化財に申請した提出資料「坂越の盆踊り」を拝見しました。

 資料には、『御役用諸事控』(1803)、『万覚書』(1808積善社.本町文書)の参考文献から、「17世紀から18世紀に坂越浦は、人が行き交う港町として発展。坂越浦廻船が、航路を拡大するに伴い、情報や文化も集まるようになり、伝承する踊りもそんな背景がある」と海路で伝播したと。更に、愛媛県の無形文化財の「坂越の盆踊り」(坂越の漁民が1639年集団移住し伝えた)とは違う踊りとインタビューに応えています。

 放送からもこれは、北前船の足跡とわかるものの、北前船の日本遺産構成文化財には登録されていません。 先日のfm放送で紹介した、赤穂の文化とみどり財団の宮崎素一理事が掘り起こした「船だんじり」「鳥井町の曳きトンド」もこれと同じケース。 現在の坂越の盆踊りも、尺八、三味線も使うと放送で紹介があり、「児島高徳」「赤間せき」「阿波の鳴門」等20種類があると応えています。

 篠原さんは、坂越の歴史研究会の会長でもあり、この研究会の人達と長きに渡り兵庫県指定文化財の黒崎墓所の清掃を毎月しています。 墓所は、地元では「他所三昧」と呼ばれ、地蔵尊は1810年迄、酒田の大信寺の大西家の墓の上にあった事は知られていない。 もう一つ篠原さんは、去年まで大避神社の名代もされ「坂越の船祭り」が国の重要無形民俗文化財に登録された時、文化庁まで生浪島宮司とその授与式に行かれています。

 前々回の宮崎素一さん、今回の篠原さんの坂越の話はいずれもが北前船の足跡。坂越を掘り起こせば、出てくるのは廻船の足跡が多い。 この収録放送は、木曜日から北前船寄港地13箇所でも紹介されます。 このfm放送は、スマホ等から「日本ラジオ」をインストールしていただければ、世界中でどこからでも聴く事が出来ます。

文:矢竹考司

2022-02-13

赤穂 坂越 無形民俗文化財 船祭りの復活

2019年3月22日放送のチェンバロリスト明楽みゆきの浪漫紀行
ゲスト:赤穂市 宮崎素一氏

ゲスト宮崎素一さんは、県文化財の有年の古墳、国の無形民俗文化財の坂越の船祭り等、赤穂市教委で30年以上文化財に関わり、定年後も文化庁の重鎮と交流し、今尚文化財に情熱を燃している方。宮崎さんが、復活させた「坂越の船だんじり」は64年ぶり「鳥井町の曳トンド」は29年ぶり。

 この時の赤穂民報の市教委のコメントには、
最も古い記録では享保11年(1726)の古文書に「船壇尻一組」「曳きとんど」の起源や由来についての記録はほとんどなく、地元では約250年前の明和・安永年間(1764~1780)に始まったとありました。 更に、「かつて諸国廻船の寄港地として栄えた坂越港にほど近い鳥井町は、船乗りを相手に三味線や小唄を披露する芸達者が多く暮らし、「芸者町」と呼ばれた。  山に挟まれた坂道沿いに家屋が軒を並べ、ほとんど平地がない立地も重なり、独特」と報道。

 何れも18世紀で、この時代の坂越の廻船は全盛期(『赤穂市史』)で、新聞にある諸国廻船に北前船の存在があります。 船だんじりの復活で、90才代の地元坂越の方が感動したエピソードも紹介しています。

 また、廻船が活躍する以前からあった「坂越の盆踊り」の特殊性を「曳きトンド」と一緒に紹介しています。 この盆踊りも、宮崎さんの尽力で市の文化財になって今月末で10年。 これは、50年以上も前に愛媛県の無形民俗文化財になっており、 坂越村の多くが漁民だった時代、豊かな漁場を求めて移住し、故郷坂越をしのんで唄い踊ったものでした。

 集団移住は、1645年まで3件が確認され、翌年赤穂で入浜式塩田が完成しています。 去年日本遺産の構成文化財になった「坂越の船祭り」も18世紀の初めの頃に始まり、一漁村から廻船で豊かになった時代の文化を今尚、地元で親しまれています。 この祭りにゆかりあるのが秦河勝!河勝について、再びの登場を明楽さんにお願いしています。 この収録放送は、明日木曜「fmななお」を皮切りに北前船寄港地13ヶ所(トップ写真で紹介)で始まります。このfm放送は、スマホ等から日本ラジオをインストールすれば、世界中で聴いていただけます。

文:矢竹考司

2022-02-13

諸寄 北前船の構成文化財と「雪の白浜」

2019年3月8日放送 「チェンバロリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:兵庫県新温泉町諸寄「諸寄歴史と文化のまちづくり委員会」新古雅紀事務局長

今回は「諸寄歴史と文化のまちづくり委員会」の新古雅紀事務局長がゲスト。新古さんは、諸寄の北前船の構成文化財と雪の白浜といわれている諸寄港を紹介。日和山の岩場には、係留の跡がトンネル状に残され、北前船等が安全に停泊するためにつなぎとめていた杭の跡があると。諸寄港を見下ろす「為世永神社」には、陸奥等130以上の寄進された玉垣、狛犬は出雲の石、海の安全を願い寄進された絵馬などがあるとインタビューに応えています。

 また、船頭が残した全国の航路の地図もあり、かっての廻船問屋跡にゲストハウスになっている事も紹介。 新古さんは、2年で任期が終わる自治会や行政から独立した委員会の責任者で、雪の白浜のテーマで諸寄講座でも講演。 これは、日本遺産に認定と同時に新温泉町がしっかり予算を組んで対応し、行政と連携した企画で、新古さんは、日本遺産認定記念講演会で、ANA総研の中野秀治主任研究員(北前船日本遺産推進協議会事務局)と、今後の取組みや、“諸寄”について講演しています。

 千葉県在住の加藤貞仁さんも、この企画で別の日に北前船の講演をしています。 加藤さんは、全国182ヶ所の寄港地を訪ね『北前船寄港地と交易の物語』には諸寄や坂越の事も書かれ、北前船寄港地フォーラムでは、北前船のデータベース化を提案。 放送では、諸寄港に流れる川の上流は、花崗岩のため諸寄の浜は白く輝き古くから“雪の白浜”として名高いという話も。 枕草子の「浜は 有度浜 長浜 吹上の浜打出の浜 もろよせの浜千里の浜 広ふ思ひやらる」の歌も紹介しています。この収録放送は、明日14日木曜日「fmななお」を皮切りに北前船寄港地13ヶ所(トップ写真で紹介)で始まります。  このfm放送は、スマホ等から日本ラジオをインストールしていただければ、世界中どこでも聴けます。

文:矢竹考司

2022-02-13

淡路 高田屋嘉兵衛「辰悦丸」

2019年3月1日放送 「チェンバロリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:淡路島都志浦 高田屋嘉兵衛顕彰館 元理事長 現在相談役 高田耕作氏

今回は淡路島の都志浦から、ゲスト高田耕作さんは、高田屋嘉兵衛顕彰館の元理事長で現在は相談役として活躍中の方。高田屋嘉兵衛の父親は、高田さんの先祖の家から出た分家の人。淡路島の瀬戸内海側の都志浦の海辺の川の近くで育つた嘉兵衛のエピソードから紹介しています。

 5歳位の頃、潮の干満で川が逆流する疑問を納得するまで大人に問うなど嘉兵衛の異才ぶりから話が始まります。 漁師の手伝いから22歳の時、叔父の堺屋喜兵衛を頼って兵庫津に渡り、船乗りから1500石の「辰悦丸」を持ち北海道で活躍します。根室での活躍については、根室金比羅神社の前田康宮司のインタビューを紹介した下記ブログでご覧下さい。https://chopini.hatenablog.com/entry/2018/10/10/230536

 「辰悦丸」は、1986年淡路島で復元され江差まで航海した事についても話しています。 酒田の横山紘子さん、江差の室谷元男さんもこの放送で熱く語り、江差から坂越にガイド研修で来られた方も「辰悦丸」を語っていました。 「辰悦丸」は、東洋一の吊り橋・大鳴戸橋が完成記念に「くにうみの祭典」に展示され、カナダでの海洋博でも展示があり、そのエピソードも紹介しています。

 高田さんは、嘉兵衛の子孫として函館、兵庫県政150周年協賛事業「兵庫津の歴史を語る」等数多く講演をされています。  北前船寄港地フォーラム江差(2016年11月)でも高田さんは嘉兵衛の話をしていました。 前夜祭の函館では、石川好北前船寄港地フォーラム議長が、2017年の最初の開催地淡路の話から、司馬遼太郎が一番好きだった嘉兵衛の人物像を紹介していました。 この収録放送は、7日木曜日「fmななお」を皮切りに北前船寄港地13ヶ所(トップ写真で紹介)で始まります。  このfm放送は、スマホ等から日本ラジオをインストールしていただければ世界中でどこからでも聴く事が出来ます。

文:矢竹考司

2022-02-13

北前船と税金

2019年2月8日放送 「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:矢竹考司氏

今回は、開催中の札幌雪祭りのプロゼクションマッピングをユーチューブの動画を使い明楽さんの語りで案内しています。 この中に、JRの貨物列車がある事から、それ以前に北海道で活躍していた北前船が来年の雪祭に期待をよせていました。  やがて、前半で「北前船と税金」について私のインタビューになります。 これについては、以下のブログで紹介しています。https://chopini.hatenablog.com/ 

 ブログで紹介した国税庁のHPに掲載の江戸期の税の仕組みから、当時は国税(所得税)の考え方がなく、北前船での莫大な利益の税と、現代の個人の税と比べて話をしています。

 税制の違いから、明治まで蓄積された資金で明治中頃に各地に銀行が設立され、瀬戸内海の坂越では、廻船業の終焉で、坂越銀行、奥藤銀行が、日本海側の三国港には旧森田銀行(写真)が出来ています。 江戸時代の税制は、商いをしていた人々には有利な仕組みだったようでた。 後半の『進め北前船』では、能登の世界農業遺産について私が案内しています。

このfm放送は、スマホ等から日本ラジオをインストールしていただければ世界中でどこからでも聴く事が出来ます。

文:矢竹考司

2022-02-13

室蘭 声楽家として歌唱指導 港のまちづくり

2019年1月11日放送 「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:みなとまちづくり女性ネットワーク室蘭代表 立野了子さん

今年最初の放送は、17日木曜日「FMななお」を皮切りに、北前船寄港地13ヶ所で放送されます。今回のゲストは、 みなとまちづくり女性ネットワーク室蘭代表の立野了子さんです。立野さんは、この他にも重責で活躍中で、室蘭演奏協議会の会長をされ、声楽家として歌唱指導を室蘭の港のまちづくりに活しています。

 それは、誰にも馴染みのある童謡、唱歌を「メダカの学校」で28年にわたり指導し室蘭の港のまちづくりに繋げています。 歌詞にもある「だれが生徒か先生か?」は、みんなが同じステージに立つ理念は、『ビルマの竪琴』の童謡を歌う場面でみんなの心を一つにしたのを連想します。

 合唱でまちづくりをしている地域もありますが、誰でも参加できる合唱団は少なく、室蘭の人の心を繋ぐ指導に感激しました。 毎年海の日にこの発表会がありこの文化活動が、室蘭港湾事務所 イベントレポートで紹介され(写真)みなとまちずくりで立野さんが活躍しています。

 特定港湾は、全国組織だったのが今は北海道だけになり、苫小牧、函館、稚内、釧路等の港と連携し情報を共有していると語っています。 鉄鋼業を中心に発展してきた「鉄のマチ」の室蘭には、水産試験場もあり、ここで研究されている方の発案で「ヤヤンこんぶ」を商品化の話があります。 このヤヤンはアイヌ語で「どうでもいい」という意味で、それまでは「食用にならない」とされていたようです。室蘭市の地球岬等の断崖絶壁の岩場にのみ生息する昆布のようで、この開発で今後は、需要が広がりそうです。

このFM放送は、スマホ等から日本ラジオをインストールしていただければ世界中でどこからでも聴く事が出来ます。

文:矢竹考司