ラジオ番組「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」 

北前船プロジェクト活動内容のご報告

報告日付報告内容
2022-02-15

飫肥藩の廻船ビジネス

2020年3月6日放送 「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:宮崎県日南市教育委員会学芸員 長友禎治氏

江戸初期、飫肥藩5万石と薩摩藩77万石の、山境の境界線をめぐる50年の長い紛争は、徳川幕府裁定で小藩の飫肥藩が勝利した事から紹介している。
薩摩藩とは木材、炭、黒砂糖の商売仇でこの境界線には、良質の巨木があり飫肥藩の財政を支えていたが、その木材もやがて枯渇したので、成長が早い飫肥杉を植林したと応えている。

 日向国飫肥藩5代藩主伊東祐実は、広渡川河口近くから岩山を掘り通し、油津港までの堀川を開削し1687年運河を完成させている。 この完成で効率的に、杉などの木材、藩の各種専売品を油津港に運送し、飫肥藩の外港として、船奉行や船倉奉行を油津港で役人が直接管理。 この1687年頃は、塩飽の御用船が活躍していた時代で、この後吉宗の享保の改革(1721〜)から民の北前船が活発になっていたので、飫肥藩は早くから廻船ビジネスで豊かな藩だったようだ。

 飫肥杉は、軽く木造船に有利で安政年間には船建造がさかんな牛窓、大坂にまで販路を拡大させている。 酒田港にも飫肥藩の廻船の足跡があり北前船でも活躍していたかも知れない。

 2012年運河サミットがあり、九州の小京都飫肥は、小樽運河のように堀川運河を観光資源にし、海や山の幸から、飫肥の厚焼きも紹介している。 飫肥城の資料館や、小村寿太郎の記念館の詳しい説明は、事前に予約があれば学芸員の長友さんの話が聞けます。
 この番組は、ピナクルズ、トータル運輸、山元醸造、兵庫津樽屋五兵衛の提供で、FM札幌しろいし局が制作し、毎週木曜日から北前船寄港地13箇所で放送されています。  スマホからは「日本ラジオ」をインストール、アイフォンからは「Tune in Radio」で、パソコンからは「各FM局」検索で聴いていただけます。

文:矢竹考司

2022-02-15

浜田 北前船で全国に運ばれた「石見焼」

2020年2月28日放送 「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:浜田市在住 益田翔陽高校 地理教諭 阿部志朗氏

阿部教諭は、浜田市の文化財の委員もされ、下記の北前船の日本遺産構成文化財4つからインタビューが始まります。詳細は下記のサイトでご覧下さい。https://www.kitamae-bune.com/…/%E5%B3%B6%E6%A0%B9%E7…/ 
この他、構成文化財でないものの1680年代の浜田城下町絵図に、日本海を北前外海の文言は、「北前船」の語源かもしれないと先輩の郷土史家の言葉を紹介している。

 似た絵図が、日本海の地域にないか調べている阿部教諭は、10年程前から焼物と瓦を北海道、日本海を中心に調査している。 茶色の水亀の石見焼は、日本海に沢山残り、鹿児島にもあったといい、北前船で結ばれた 「はんど」 と呼ばれる水甕や、大型のすり鉢などの 「石見焼」 や 「石州瓦」 が北海道では沢山使われ、広範囲の地域に拡がったのは、小樽、松前、江差などの港から道内各地に運ばれていたからと。
 島根県江津市の石州瓦工業組合のHPには、阿部志朗氏(当時島根県立浜田高校教諭)提供の資料と掲載の写真があります。 「石州瓦」の語源は、石見地方の呼び方で表の色は赤茶色で、裏はクリーム色とインタビューに応えている。 瀬戸内海から美袮線に入り長門市に近づくと車窓は、この色の屋根ばかりで瀬戸内海や東京にない景色。 阿部氏のこの講演が、3月14日第30回北前船寄港地フォーラムIN浜田の前段で予定されていました。 コロナで中止になり久保田章市浜田市長をはじめ皆様の無念な事と思います。 

この番組は、ピナクルズ、トータル運輸、山元醸造、兵庫津樽屋五兵衛の提供で、FM札幌しろいし局が制作し、毎週木曜日から北前船寄港地13箇所で放送されています。  スマホからは「日本ラジオ」をインストール、アイフォンからは「Tune in Radio」で、パソコンからは「各FM局」検索で聴いていただけます。

石州瓦工業組合のHP:https://www.sekisyu-kawara.jp/

文:矢竹考司

2022-02-15

長州藩 北前船と財政再建政策

2020年1月31日放送 「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:長門市 村田清風記念館 中野和典館長

ゲストの中野さんは、志があっても資金がないと明治維新は成功しなかったと、吉田松陰、高杉晋作のように知られていない村田清風を紹介している。清風の天保の改革から、長州の北前船ビジネスをわかり易く語っています。

 参勤交代等の藩の弱体化政策で幕末は、どの藩も深刻な財政難に陥っていました。これに天保の飢饉、長州藩では天保7年藩主3人の葬儀に莫大な費用で借金は、220万両と紹介。 ここで、55歳だった清風が登用される。 清風は、関門海峡を必ず通過する北前船に目をつけ、商業・交通の要衝の下関に越荷方(金融・倉庫業)を設置。 藩営の貿易会社を運営し、長州藩の財政を健全化に成功。 下関で、北前船で運ばれた海産物、米等を一度買い取り藩の倉庫に保管し、相場を見てはこれを大阪に回送して、蔵屋敷で出入り商人を通して売りさばく。 また、前渡し金の形で船頭から倉敷料・手数料・前渡し金の利子などを受け取り、これが大きな収入源となった。
 この他、清風が行った「四白政策」(和紙・ロウ・米・塩の生産を強化した経済政策)も紹介しています。 この放送の2日後、この清風の政策「防長風土注進案」から、鹿児島の北前船寄港地フォーラムで歴史学者の磯田道史氏がパネルを使い紹介し、薩摩を語っています。 薩摩藩も北前船を利用した手法で豊かな藩になり、薩摩、長州が組んでの倒幕で維新を迎えている。  その後のレセプションで、書籍を磯田氏に差し上げ、この第32回で取り上げた「防長風土注進案」についてお話をお聞きし写真の書籍にサインをして頂きました。

この番組は、ピナクルズ、トータル運輸、山元醸造、兵庫津樽屋五兵衛の提供で、FM札幌しろいし局が制作し、毎週木曜日から北前船寄港地13箇所で放送されています。  スマホからは「日本ラジオ」をインストール、アイフォンからは「Tune in Radio」で、パソコンからは「各FM局」検索で聴いていただけます。

文:矢竹考司

2022-02-14

高砂 工楽松右衛門

2019年11月15日放送 「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:工楽松右衛門の末裔 工楽隆造氏

工楽隆造さんは、工楽松右衛門の末裔9代目。松右衛門は、元は船乗りで高砂から、志をもち兵庫津に行き船頭10年の経験から生まれた新しい帆布は、織り方に特長がある。姫路藩が木綿の栽培を奨励し、木綿栽培に盛んな地域だった事も影響していたと語っています。

 松右衛門は、エトロフ等の港等の工事にもかかわった事から 工楽の名前をもらったと名の由来について紹介しています。松右衛門は、『菜の花の沖』の小説でも描かれ、高田屋嘉兵衛より16才年上で、兵庫津の北風家に共に世話になっている。 工楽さんは、おそらくこの北風家の紹介で、エトロフの船着き場、そして函館のドック工事にかかわり成功に導いたと応えています。

 遠く、大分の河川工事、福山藩では鞆の浦の波止場、地元姫路藩の高砂でも貢献。 静岡の港湾にもかかわったとみられる図面があるなど等、全国の港を整備もした発明家。  航海の経験から生まれた松右衛門帆布は、軽くで丈夫だったことから、全国に普及し、日本の海運に大きく貢献しています。

 これら多くの功績により、松右衛門の銅像が高砂に建立されましたが、戦時下の金属回収で壊され、戦後24年帆布業者が中心になり再建された事も紹介しています 工楽さんは、帆布を使わなくなった現代でも別の形で生かされていると具体的な事例をあげています。

 工楽松右衛門の旧宅は、高砂市の日本遺産の構成文化財で入場料は無料です。 余談ですが、『菜の花の沖』に、船底についた船虫等をとる為、多度津で松右衛門と嘉兵衛が出会う場面があります。 以前、この番組のゲスト多度津の教育委員会の白木さんは、松右衛門が多度津に来ていた事を示す文献は確認されていないと言っていました。

この番組は、ピナクルズ、トータル運輸、山元醸造、兵庫津樽屋五兵衛の提供で、FM札幌しろいし局が制作し、毎週木曜日から北前船寄港地13箇所で放送されています。  スマホからは「日本ラジオ」をインストール、アイフォンからは「Tune in Radio」で、パソコンからは「各FM局」検索で聴いていただけます。

工楽松右衛門旧宅 公式サイト:https://kurakutei.wixsite.com/kuraku

文:矢竹考司

2022-02-14

野辺地 北前船寄港地の日本遺産構成文化財

2019年10月4日放送 「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:「野辺地町歴史を探る会」会長 鈴木幹人氏

ゲスト鈴木幹人さんは、野辺地町歴史を探る会の会長、NHK文化センターで古文書講座の講師もされる等古文書に造詣の深い方。 北前船寄港地の日本遺産構成文化財についてインタビューをしています。野辺地は、度重なる火事で木造物が少なく、町並みが構成文化財にはなく石造物から紹介しています。

 野辺地港の浜町には常夜燈があり、これは5代目野村治三郎により建立されたもの。これは、塩飽諸島で加工され文政10年(1827年)運ばれたもので毎晩灯りを灯していたと。 この常夜燈の近くに陸揚げされたみちのく丸が展示されています。この他、北前船で運ばれた、手水石が浄光寺にあり、尾道で加工され塩飽が運んでいる。 手水石は西光寺にもあり、ここには、北前船で遭難等した人の墓があり現在も10基残っている。また、300年程前大阪から北前船で運ばれたしだれ桜がある。和磁石、船ダンス、古文書、客船帳等が野辺地民俗資料館に展示され、竹原の記録も展示しています。

 野辺地の塩は、竹原が主だったようで、久星客船帳には文化時代、まだ北前船で活躍していた坂越の大西家の名もありました。 秋田、江差等、北前船で伝わった祭りは多く、のへち祇園祭も京都から北前船で伝わったもので、拍子は独特と。 食べ物では上方から伝わった、かわらけつめいで作る茶粥は、船乗りの薬になり現在は野辺地の特産品の一つ。 この他、末社金刀比羅宮も詳しく紹介しています。

この番組は、ピナクルズ、トータル運輸、山元醸造、兵庫津樽屋五兵衛の提供で、FM札幌しろいし局が制作し、毎週木曜日から北前船寄港地13箇所で放送されています。  スマホからは「日本ラジオ」をインストール、アイフォンからは「Tune in Radio」で、パソコンからは「各FM局」検索で聴いていただけます。

文:矢竹考司

2022-02-14

「長州ファイブ」北前船に絡んだビジネスの存在

2019年9月6日放送 「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:山口 十朋亭維新館 学芸員 立石智章氏

2018年は、日本各地で明治維新150年記念イベントがありました。この明治維新への扉を開いた山口の歴史にふれるミュージアム(十朋亭維新館)の立石智章学芸員が、映画化された「長州ファイブ」とこの館の繋がりを紹介しています。

 長州藩は、1865年イギリスから大量の武器密輸入から倒幕~明治維新、その後は「長州ファイブ」が日本の近代化に貢献しています。 幕末は、長州藩も含めどの藩も参勤交代で深刻な財政難に陥っていた中、長州藩は、長門の村田清風の天保の改革(1837)で一変。 藩が、北前船が通過する下関で金融倉庫ビジネス、三田尻でも塩のビジネスで幕末の活躍の資金の源になっています。
 長州藩は、早い時期から藩士の教育にも熱心で、経済改革で稼いだ資金で人材育成にも力を入れ、1863年5名をイギリスに密航留学させている。 「長州ファイブ」の5名が明治に入り、伊藤博文が「内閣の父」、井上馨は「外交の父」、遠藤謹助は「造幣の父」、山尾庸三は「工学の父」(東大工学部の前身)、井上勝は「鉄道の父」と各分野での活躍を紹介しています。

 長州藩の成功は、優秀な人材の育成と、他藩に例のない経済政策の一つ、北前船に絡んだビジネスの存在がありました。 今回は、『防長風土注進案』全22巻を紹介した『経済で読み解く日本史』を参考にしています。(全22巻は都立図書館で閲覧可能)

 この番組は、ピナクルズ、トータル運輸、山元醸造、兵庫津樽屋五兵衛の提供で、FM札幌しろいし局が制作し、毎週木曜日から北前船寄港地13箇所で放送されています。  スマホからは「日本ラジオ」をインストール、アイフォンからは「Tune in Radio」で、パソコンからは「各FM局」検索で聴いていただけます。

文:矢竹考司

2022-02-14

鶴岡の日本遺産

2019年8月16日1放送 「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:山形県鶴岡市役所観光物産課 五十嵐崇氏

鶴岡市役所近くの「鶴が岡城」が、続日本名城100 に2018年4月に選定されています。その翌月5月、鶴が岡城の旧庄内藩士が、刀を鍬に替えて開拓した日本最大の蚕室群が絹産地として日本遺産に認定されます。このストーリーは、サムライゆかりのシルク 日本近代化の原風景に出会う町鶴岡。今も養蚕から絹織物まで一貫工程が残る国内唯一の町です。

 鶴岡市の日本遺産は、2017年に自然と信仰が息づく『生まれかわりの旅』~樹齢300年を超える杉並木につつまれた、2446段の石段から始まる出羽三山~」のストーリーで認定されています。 この出羽三山とは、鶴岡市の羽黒山、月山、湯殿山の総称。 そして2019年の今年は、3つ目となる日本遺産「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間 ~北前船寄港地・船主集落~で認定されています。

 後半の「すすめ北前船」は、9月12日鶴岡市で開催される北前船寄港地フォーラムのご紹介と鶴岡市の北前船の構成文化財のお話をします。この番組が始まった2017年5月から、北前船寄港地フォーラム開催の度にゲストを通じて毎回紹介しています。今回のフォーラムは、酒田で第4回 中日文化観光大連交流大会の翌日の9月12日午前9時半から鶴岡市文化会館で開催されます。お申し込みしていただくと無料でフォーラムに参加出来ますが、ディスカッションとレセプションは有料です。

 そして、鶴岡市の3つ目になる日本遺産に認定された北前船船首集落の構成文化財を紹介しています。(1)加茂港周辺の町並み(2)石名坂家住宅主屋・蔵(国登録、北前船船主の家屋及び蔵)(3)浄禅寺の釣鐘(4)善寳寺五百羅漢堂(国登録で531体の仏像も寄進で作られています)(5)致道博物館所蔵の北前船関連資料群(北前船船主により奉納された船舶模型、船絵馬、四爪錨、出船手形、船鑑札)浄禅時の釣鐘は、1790年に坂越(現赤穂市)から北前船で運ばれたものです。日本遺産に追加認定されたこの5月、加茂地区のこの浄禅寺に関係者の方が集まり祝典を開いています。

 この番組は、ピナクルズ、トータル運輸、山元醸造、兵庫津樽屋五兵衛の提供で、FM札幌しろいし局が制作し、14局ネット(トップ写真で紹介)で放送されています。この再放送は、明日20時からfmしろいし局から スマホからは「日本ラジオ」をインストール!>アイフォンからは、Tune in Radioで,パソコンからは、「エフエムしろいし」検索で聴いていただけます。

文:矢竹考司

2022-02-14

北前船と昆布の食文化

2019年6月28日放送 「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:北海道 料理研究家で昆布大使 松田真枝さん

ゲストの松田真枝さんは、北海道の料理研究家で昆布大使。漁業関係の家で育った松田さんは、早い時期から昆布が身近だったといい、その魅力を紹介しています。昆布と北前船の旅をしたいと語り、沖縄で道東の昆布が使われた謎を知りたくて沖縄に行っています。

 密貿易の取締りが厳しかった時代、北前船の西廻り航路が使えなかった富山の長者丸は、金華山沖で暴風雨にあいハワイに流されたストーリーは、この番組で富山の四十物昆布社長が語っています。 東廻り航路を使って沖縄に昆布を運んでいたから道東になったのでしょうか? 去年8月の四十物昆布社長がこの放送で、昆布大使の松田さんと昆布のイベントを函館ですると語っています。
 松田さんは、「昆布はどこへ行く」の企画についても語っています。 この最終回で、「イタリアンで昆布使い。昆布は和食だと思っているあなた。 今や世界のトップシェフたちがこぞって昆布を使う時代なのですよ。パスタにリゾット、アクアパッツァ、つくってみたら昆布の底力がわかります。 昆布の味ではなく、昆布の力を使います!」とコメントしています。

 だしソムリエ、北海道6次産業化プランナーそしてイタリア料理教室クチナイト主宰としても紹介されています。 その土地の材料を生かす料理教室で、昆布は素材の味を引き出し料理の味を深める強い味方。 そして昆布の魅力を色んな場で紹介し、料理から昆布の食文化史も含めて伝えて行いきたいと放送でも語っています。

この番組は、ピナクルズ、トータル運輸、山元醸造、兵庫津樽屋五兵衛の提供で、FM札幌しろいし局が制作し14局ネット(トップ写真)で放送されます。明日木曜日から写真の13局で放送されます。 この放送は、アンドロイドのスマホからは「日本ラジオ」をインストール、アイフォンからは、Tune in Radio。 パソコンからは、それぞれの局検索で聴くことができます。

文:矢竹考司

2022-02-14

「出雲崎おけさ」

2019年6月7日放送 「チエンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:出雲崎 佐藤亨氏

ゲストの佐藤亨さんは、出雲崎中学3年の道徳の時間、教育長として良寛の授業をされている方。 良寛は、海上の通行権をもつ越後屈指の廻船問屋(橘屋)の長男として1758年に生まれています。 豪商の親の反対を押し切り、北前船と無縁の禅僧として生きた人。
後半の放送は、日本遺産の構成文化財8つから「出雲崎おけさ」を紹介しています。これは、既存のおけさに、北前船により伝えられた 熊本牛深港から伝わったハイヤ節が融合したもの。「出雲崎おけさ」と「牛深ハイヤ節」のそっくりな部分の歌詞を佐藤教育長が紹介しています。

 「牛深ハイヤ節」は、寄港地に今も残っているようで、秋田市で世界遺産になった「土崎神明社例祭」の囃子にも使われています。 「牛深ハイヤ節」、「出雲崎おけさ」にはそれぞれ全国大会があります。 今回の日本遺産認定で、「出雲崎おけさ」全国大会開催そして、前段で紹介した全国でも珍しい妻入りの3.6キロ続くの町並みと、そこにある良寛の足跡に注目を浴びそう。 良寛の魅力を、出雲崎の北前船の寄港地、更に瀬戸内海の北前船寄港地の倉敷市玉島から発信できる事に出雲崎の人達は、さぞかし感激されたでしょう。
 良寛が22歳の時、瀬戸内海玉島の円通寺の国仙和尚を “生涯の師” と定め移住しています。円通寺近くに廻船問屋の足跡が残されています。 北前船は、現代の新聞やテレビのような情報収集の役割も果たしていた事から、北前船の船頭から名僧の存在を知り瀬戸内の玉島に移住したと想像しましたがそれは間違い。 

 最後に出雲崎町には、立派な海運資料集3冊があり全国の廻船問屋が入港した記録が残され、坂越の奥藤、岩崎、大西の名もありました。この番組は、ピナクルズ、トータル運輸、山元醸造、兵庫津樽屋五兵衛が提供。FM札幌しろいし局が制作し、明日から13局(トップの地図)で収録放送します。 この放送は、アンドロイドのスマホからは「日本ラジオ」をインストール!アイフォンからは、Tune in Radioで全国どこからでも聴いていただけます。

文:矢竹考司

良寛について:https://www.izumozaki.net/tourism/ryokansokuseki/

2022-02-14

室津 北前船関連文化財が日本遺産に認定!

2019年5月17日放送 「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:「みつめて室津観光ガイド」代表 柏山泰訓氏

室津は、令和元年5月、北前船寄港地で日本遺産に追加認定されました。室津の皆様おめでとうございます!今回放送のゲストは、「みつめて室津観光ガイド」代表 柏山泰訓さん。柏山さんの活動拠点、たつの市立室津海駅館は、江戸から明治にかけ廻船問屋だった「嶋屋」の建物を1997年資料館として開館。保存だけでなく使える文化財として地元の方の研修、茶室、会議、等幅広く使われています。

 この地域は、播州綿花の産地だった事から嶋屋は、その肥料として北海道で羽鰊を買い付けており、北前船で活躍した足跡が地図にもあります。 この羽鰊は、ニシンの骨の部分で捨てられるものをただ同然で買い取り綿の肥料にしていました。 松木 哲元神戸船大学名誉教授が、制作した五分の一の帆船の展示もあり、これら「廻船関連」、西国大名が、本陣・脇本陣として使用した足跡「参勤交代」そして「江戸参府」、「朝鮮通信使」の4つのテーマで展示されています。

 ケンペルやシーボルトの「江戸参府」は、長崎から陸路で小倉そして海路で室津まで、室津から兵庫津まで行くか陸路で江戸に参府。ケンペルが、2回の参府いずれも室津に寄港し、日本での見聞をまとめ執筆した『日本誌』は、18世紀のヨーロッパでベストセラーになり、シーボルトとの違いを紹介。この原書が展示されています。 室津は、牛窓等と共に2018年ユネスコの世界文化遺産に登録され、展示されている料理のレプリカは呉市の資料館と室津だけと紹介しています。

この放送は、明日木曜日fm七尾を皮切りに北前船寄港地13ヶ所(日本地図で案内)のFMラジオ局であります。 この放送は、アイフォンからは、Tune in Radioから〜アンドロイドでは「日本ラジオ」をインストールすれば全国どこからでも聴く事ができます。

文:矢竹考司