「島根の土、植物、魚等を加工して付加価値をつけ、各地に運んだ先人の知恵と勇気を、伝えたい」

2020年12月25日放送 「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」
ゲスト:島根県立益田翔陽高校 地理教諭阿部志朗氏

阿部教諭提供の浜田の江戸期の絵図にある「北前外海」は、「北前船」の語源を考える際に「最重要」史料の一つと前回の放送で紹介している。浜田市在住の阿部教諭は、2019年度の「浜田城開府400年記念行事」の最後を飾る「第30回北前船寄港地フォーラムIN浜田」(2020年3月)で、講演予定だった。残念なことにコロナで中止になったこの講演内容を語っていただいた。

 浜田の北前船の活躍を示した10冊以上の客船帳があり、『諸国御客船帳』(日本遺産構成文化財)には、加賀 越前、北海道、東北、九州、北陸、四国など全国各地の江戸から大正初めまでの入船記録がある。 阿部さんは、掲載された地域に行って石見焼や石州瓦を探し、その足跡を講演をする予定だったという。

 続100名城の浜田城は、1619年海に面した地に築城し城下町をつくった。この城下町の繁栄を支えたのが北前船だったようだ。 しかし幕末、長州に攻められ石垣だけが残った。 この地方は、石見の名のごとく石ばかりの地で田畑が少なく、古来より交易と特産品で栄えている。 江戸時代前期の特産品は、鉄、和紙、干物、麻後半になって、石見焼、石州瓦、が加わり、この売却資金で東北の米、瀬戸内の塩、九州の砂糖などを買っている。 “はんど” と呼ばれる水甕や、大型のすり鉢などの “石見焼” や “石州瓦” は、他の特産品と違い150年たっても各地に残っている。 小樽の博物館にもその足跡があるという。
 島根の職人が、小野田(山口)、尾道、福知山等に出かけ石見焼、石州瓦の技術を伝えた例から、物だけでなく舟運と北前船を通した人の繋がりもわかるという。 

 阿部教諭に、明楽さんが次の世代に何を伝えたいかとの問いに、「地方は何もないとか、面白くないという風潮があるが、島根の土、植物 魚等を加工して付加価値をつけて各地に運んでいた先人の知恵と勇気を伝えたい」と答えている。 阿部さんは、北前船と河川舟運が連結した物流の実態の研究者でもあり、教育の現場で活かしている。 石狩川, 岩木川, 米代川, 雄物川, 最上川, 信濃川, 阿賀野川, 庄川, 円山川, 手取川(白山市)などでも石見焼の調査しており、今後の研究が楽しみである。 最後にある白山市は、今年『北前船寄港地船主集落』で日本遺産で追加認定された。

この番組は、ピナクルズ、トータル運輸、山元醸造、兵庫津樽屋五兵衛の提供で、FM札幌しろいし局が制作し、毎週木曜日から北前船寄港地13箇所で放送されています。  スマホからは「日本ラジオ」をインストール、アイフォンからは「Tune in Radio」で、パソコンからは「各FM局」検索で聴いていただけます。

文:矢竹考司