現代版北前船プロジェクト


北前船の夢、再び

海のある港町を元気に

江戸時代中期から明治時代の中期にわたり北海道と大阪などを日本海経由で結び、近世の物流を一手に担ってきた「北前船」。
板子一枚下は地獄と言われた危険な航海に挑みながら、各寄港地に新しい文化の風を吹きました。
最大の交易品であったニシンの積み出しで北の港は賑わい、今ある北海道の繁栄の基礎が築かれました。
新しい時代の波にのまれ、北前船が姿を消して、130年余り、今、私たちは、忘れかけていた歴史・文化を再認識するとともに、この壮大なロマンを現代によみがえらせる活動を始めました。これが「現代版北前船プロジェクト」です。
ひとつで繋がる海を活かし、日本の各地域が単なる物流だけでなく、人、文化、芸術、食で地域間の交流がなされ、新たに北海道と各地を結ぶ活力が生まれたなら、どんなに素敵なことでしょう。今年6月2日、平成の現代版北前船が新たな夢をのせて、まずは歴史の街・小樽から終着点の京都を目指して出港いたします。

北前船の夢、再び

現代版北前船プロジェクト実行委員長代行 明楽 みゆき


事務局近況報告

2020.09.08  明楽みゆきラジオ番組

2020.09.06  2017年6月2日放送の「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の特別コーナ『進め北前船』は、福井県南越前町出身の  右近桜月(うこんおうげつ)さん。  雅号の由来は、右近の苗字に桜の種類「うこん桜」の字から右近桜月さんの名が生まれたといい、  「書ドル」は、書道とアイドルを掛け合わせた桜月さんの造語で、特許庁に商標登録し日本唯一(日本初)だと応え、書を通して日々の生活に寄り添えたらと語っています。  南越前町の「北前船主の館 右近家」の菩提寺金相寺(地図)で生まれ育った桜月さんは、住職だった祖父が書に携わっていたので3歳頃には祖父の膝の上で鉛筆で遊び、5才で筆を持ち書に親しんだといいます。  桜月さんは、1500年の歴史ある地元の越前和紙独特の魅力を紹介し、自分の作品を通じて全国に越前和紙を知ってもらいたいとインタビューの応えています。  2016年梅田で個展を開いて多くの方に越前和紙を知ってもらった感想を紹介しています。  デジタルの活字にあふれる時代、手書きで書く素晴らしいさ大切さを紹介し中国の有名な文字を、沢山書いてから創作に入ると語っていました。  もっと知りたい時、どうすればとのインタビューに「右近桜月」の検索でブログ等から見る事ができると応えています。  南越前町は、2017年北前船寄港地として最初に日本遺産に登録され、北前船主通りには、昔ながらの立派な建物の中に、桜月さんの実家の金相寺があり、明楽さんは高台に上がって行くと右近家の洋館があり眼下に海が見えると紹介しています。 小樽の北前船のイベントに明楽さんと参加した桜月さんは、沢山の人が来られていたのに若い年代の人がいなかった事にふれ、アニメ等で若者に広める夢を語っていました。  

2020.09.06  2017年6月2日放送の「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の特別コーナ『進め北前船』は、「書ドル」の夢を語る右近桜月(うこんおうげつ)さん。  雅号の由来は、右近の苗字に桜の種類「うこん桜」の字から右近桜月さんの名が生まれたといい、  「書ドル」は、書道とアイドルを掛け合わせた桜月さんの造語で、特許庁に商標登録し日本唯一(日本初)だと応え、書を通して日々の生活に寄り添えたらと語っています。  南越前町の「北前船主の館 右近家」の菩提寺金相寺で生まれ育った桜月さんは、住職だった祖父が書に携わっていたので3歳頃には祖父の膝の上で鉛筆で遊び、5才で筆を持ち書に親しんだといいます。  桜月さんは、1500年の歴史ある地元の越前和紙独特の魅力を紹介し、自分の作品を通じて全国に越前和紙を知ってもらいたいとインタビューの応えています。  2016年梅田で個展を開いて多くの方に越前和紙を知ってもらった感想を紹介しています。  デジタルの活字にあふれる時代手書きで書く素晴らしいさ大切さを紹介し中国の有名な文字を、沢山書いてから創作に入ると語っていました。  もっと知りたい時、どうすればとのインタビューに「右近桜月」の検索でブログ等から見る事ができると応えています。  南越前町は、2017年北前船寄港地として最初に日本遺産に登録され、北前船主通りには、昔ながらの立派な建物の中に、桜月さんの実家の金相寺があり、明楽さんは高台に上がって行くと右近家の洋館があり眼下に海が見えると紹介しています。  小樽の北前船のイベントに明楽さんと参加した桜月さんは、沢山の人が来られていたのに若い年代の人がいなかった事にふれ、アニメ等で若者に広める夢を語っていました。  明楽さんは、北前船が運んだ品物から北前船のイベント開催と語りで、若い人が参加する企画を考えていると語っています。

2020.08.21  2017年5月26日放送の「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の特別コーナ『進め北前船』小浜市の、桑田(くわた)テント(株)の桑田(くわだ)博敏社長で、帆船の帆布について語っています。  桑田さんは、琵琶湖で活躍した「丸子船」(1995年)を皮切りに、2000年の「菱垣廻船」(大阪市なにわの海の時空館) 2005年の「みちのく丸」いずれも専門の帆布で復元に関わっています。  丸子船は、近江商人が利用していた時代(写真)が全盛期で、西廻り航路(北前船)の開発で重要性が後退します。  丸子船は、昭和初期まで琵琶湖で活躍し、明治期の丸子船を参考にして再現され、滋賀県立琵琶湖博物館で展示中です。  菱垣廻船をメインに展示している「なにわの海の時空館」は、2013年に閉館されますが、民営化の引き受け先が決まれば開館される話があります。https://scontent-nrt1-1.xx.fbcdn.net/v/t1.0-9/50540694_522293231615953_1070007349936128000_n.jpg?_nc_cat=108&_nc_sid=8024bb&_nc_ohc=1QTXe1qnWS4AX_a5flr&_nc_ht=scontent-nrt1-1.xx&oh=18d07718d5193c3851f0c658a3515922&oe=5F65AC97  菱垣廻船は、大坂から江戸の大消費地を結んだ定期航路(1619~)で活躍し、北前船と同じ帆船で実物と同じと紹介しています。 この帆船を何回も見学した明楽さんは、 地下では船底が見えエレベーターで上がりながらその船体が見え3階で帆布が見えた感激を紹介しています。 「みちのく丸」は、野辺地町の常夜燈公園に展示され、2017年9月北前船寄港地フォーラムで青森湾で修理中の船の中でガイドの方の案内がありました。(写真)  この中で、実際に航行したのはみちのく丸で小浜にも寄港したと語っています。  むしろで作られ、やがて綿麻で作られていたのが高砂出身の工楽松右衛門が開発した「松右衛門帆」が使われ弁才船は一段と進歩したとはなし、帆布を作るには、糸選びからし準備に1年かかると語っていました。 小浜市は、この放送の1年後、北前船寄港地として日本遺産に追加認定されました。  放送は最初の認定から1ヶ月後でしたが、今後の北前船の取り組みへの期待を語っていました。

2020.08.02  2017年5月19日放送の「チェンバリスト明楽みゆきの浪漫紀行」の 特別コーナ『進め北前船』


イベントスケジュール